【コーヒーの頼み方】

(前口上)
生活様式学会へようこそ。諸君は喫茶店にてホットなコーヒーを注文する際、ウェイターもしくはウェイトレスに対してそれをどのように告げているだろうか。要するにホットコーヒーをどう呼ぶかという、ちょっとホッとするようなお話(?)。

報告1
【種捨温入】 
コーヒーの注文が前提なので温度だけを指示
 喫茶店で頼むのは当然コーヒーと決まっている。客が指示する必要があるのはコーヒーが熱いか冷たいかという一点だけ。前者の場合は「ホット」と言えば十分だ。種類の指示は切り捨て、温度の指示だけを視野に入れる。これを四捨五入にならって種捨温入という。


報告2
【インスタント恋(こひ) 
意図的な不完全注文で店員からの質問を期待
 店員には「コーヒー」とオーダー。すると相手は「ホットですか、アイスですか?」と聞いてくるので、ここで満を持して温度指示を。つまり、注文を一方的なものから双方向のコミュニケーションへと発展させようってわけ。そんな風に即席で始まる恋もあるんだよね。


報告3
【慇懃ブレンドリー】 
店のオリジナルな配合に敬意を払うのが礼儀
 喫茶は一期一会。他の店ではないこの店に入ったという事実を大切にしないと。少しでもそう思うのならば、注文言葉は「ブレンド」で。ただのコーヒーではなく、その店が独自に豆の割合を配合したコーヒーを飲みたいという気持ちを慇懃に伝える名注文と言えよう。


報告4
【ザ・パーフェクト・オーダー】 
プロの喫茶客として当然の遺漏なきオーダー
 ホットコーヒーが欲しいんだから注文は「ホットコーヒー」。これでキマリ。特に検討の必要はない。店員側にあれこれ追加質問する隙を与えたりすることのない、明瞭にして簡潔にして完全なオーダーを遂行するのが、プロの喫茶客として当然の態度だからである。


報告5
【常連の門】
初の来店でも通用させるのが真のコーヒー通
 顔なじみの店でリラックスしながら飲むコーヒーの旨さを知る違いがわかる男としては、初めての店であっても注文は「いつもの」の一言ですませたい。普通にコーヒーが出てくるか。訝しがられるか。真のコーヒー通になれるかどうかはこの大勝負にかかっている。

 
報告6
【場末の帰国子女】 
真の国際人ならば日常の場でも正しい発音を
 コーヒー注文の際はもとの英単語に忠実に「カフィー」と発音すべき。無論、下唇は上の歯で噛むこと。日常の些細な生活シーンからこそ真の国際化は始まるわけで、自ら率先してそうした地道な啓蒙活動に勤しむことは帰国子女に与えられた唯一の任務なのである。

 
報告7
【略語は楽しいな】 
店員の共感を得るための椎名林檎風省略言葉
 伝票に記入するときみたいに、ホットコーヒーを略して「HC」って頼んであげると、店員の仏頂面も少しは和むんじゃないかな。略語にすると何かと効率がいいだろうし、何より「椎名林檎/絶頂集」を「sr/zcs*」と略するみたいで素敵。もう、楽しいな林檎って感じ。


報告8
【伝説の喫茶詩人ブラッキー
平凡な一般人とは一線を画す文学的注文表現
 苦さ、香ばしさ、酸味、コク……。コーヒーには様々な属性があるが、中でも特に色に着目して「くろいの」と注文するようでなければ詩人とは言えない。最初は理解されなくても諦めずに何度も繰り返せばいつかは伝わる。そして詩人はその店の伝説と化すだろう。

(グラフ)
場末の喫茶店において客50人の注文を観察した結果。既に絶滅したと思われていたギョーカイ語の「ヒーコー」や江戸弁の「コーシー」が今でも細々と生きながらえているのが少々感慨深い。

マトリックス
最もプロっぽさが漂うスタイルは「略語は〜」であり、かつまたそれは今後流通するに違いないとの期待を込めた判断でもあるのだが、それつけても「伝説の〜」は特異すぎる。

(総括)
 自由は健全なる制限に比例して存在す−−とはダニエル・ウェブスターの言であるが、ホットコーヒーの頼み方がちょうどそんな具合である。どう頼んでもよいわけではないが、反面、意外なほど多様な頼み方が許されてもいる。なんでですかね。さて、総括である。

 報告1【種捨温入】に関しては、ホットココアやホットミルクの立場が少々可哀想との感想を持った。持ったと同時に、そんな横着な客はホットけー、という感想も持った。個人的に。

 報告2【インスタント恋】は、ない。そんなに即席に恋が始まったら日本中の喫茶店で恋が始まりまくりではないか。まさか、始まりまくりなの?

 報告3【慇懃ブレンドリー】はその慇懃なフレンドリーさ加減がむしろヤラシイ。口ひげを生やして三つ揃いのスーツを着こなし、小指を立てる仕草が様になるくらいダンディーな紳士なら特別に可。

 報告4【ザ・パーフェクト・オーダー】は、そういう性格って面白くない。

 報告5【常連の門】は意表を突いている。ただしその大勝負の結果はほぼ見えていると言えよう。

 報告6【場末の帰国子女】は「パードゥン?」と5回くらい聞き返してやりたい気分。

 報告7【略語は楽しいな】は楽しいな。21世紀はこれでキマリと言い切ってもいいほどに。かつてない新鮮味を備えていながら、さほど無理を感じさせないと言えなくもないほのかな親密感も有しているあたりが秀逸。

 報告8【伝説の喫茶詩人ブラッキーはオリジナリティありすぎ。ていうか喫茶詩人って何?

 というわけで今回の推奨スタイルは、ホットコーヒーが新感覚飲料へと変貌したかのような錯覚に頭がクラクラしそうな【略語は楽しいな】としたい。以上。

絵/龍野宏幸


(副宰より)
椎名林檎/絶頂集」絶頂集なんぞを得意げにネタにしているところに時代を感じざるを得ませんな。ちなみに、発表時の通信欄には、

生活様式学会の公式ホームページが、11月に発売される2001年版『現代用語の基礎知識』(自由国民社)でちらっと紹介されることに。副宰は『現代用語のクソ知識』の間違いでないことを祈った。

とこれまた得意げに記していましたとさ。